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【引退表明】錦織圭選手が2026年シーズンで引退。これまでの偉業と歴代使用ラケットを振り返る。Kei Nishikori

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錦織圭が2026シーズンで引退

2026年5月1日午前6時ごろ、錦織圭選手が今シーズンでの引退を表明されました。

投稿はXでトレンド入りし、この記事を執筆している時点で700万以上のインプレッションを記録しています。

このニュースについて、少しだけお話しさせていただきたいなと思います。

錦織圭選手の偉業

・2014USで準優勝(アジア男子初)
・アジア史上初のATP Finals出場
・マスターズ1000で準優勝4回
・シングルス自己最高4位
・2016リオ五輪で銅メダル獲得
・ジャパンOPは2012・2014優勝 など

実績を挙げ始めたらキリがないのですが、最大の偉業は2014年の全米オープン準優勝ですね。

準決勝では世界No.1だったジョコビッチを撃破、この試合は忘れられないですよね!

(それだけに本当スーパーチリッチさえいなければ・・・と)

そしてアジア史上初のATPファイナルズ出場も達成。
(しかもフェデラーにも勝ってるしどうなってんの本当)

どこを切り取っても本当に凄い戦績で、アジア人がどうこうというレベルではなくグローバルに見てもトップ・オブ・トップの活躍だったと思います。

しかもBIG4の全盛期にこれだけの戦績を残したというのが、当時を知っている方からするといかに凄いかという話なワケです。

全グランドスラムでベスト8以上を達成するという安定感も圧巻。

今後のアジア勢でこのレベルの選手が出てくるのか、正直なかなか想像できないですよね。

勝手に親近感

僕は1987年生まれ、錦織選手は1989年生まれということもあって、勝手に親近感を持っていました。

2007年に17歳でプロ転向されて、翌2008年2月にはジェームズ・ブレークを破ってデルレイビーチ国際でツアー初優勝

当時の僕は高専5年生の卒業間近で、テニス熱もやや落ち着いてきていた頃だったんですが、それでも異次元の活躍をする若手が出たというのを鮮明に覚えてます。

それまで世界で活躍した日本人といえば一時期の松岡修造さんくらいで、日本人がトップで戦うのは難しいという空気感がありました。

その中での錦織選手の活躍はもう本当にビックリでした。

2014年全豪で生観戦

2014年全豪オープンを戦う錦織圭(Kei Nishikori)

僕はあまりプロの試合を観に行くタイプではないんですが、一念発起して2014年の全豪オープンへ。

人生初の海外旅行かつ一人旅という、なかなか思い切った経験でした。

2014年全豪オープンを戦う錦織圭(Kei Nishikori)

錦織圭 vsマトセビッチとの1回戦を見たんですが、フルセットマッチで錦織選手が勝利。

試合前の待機時間も含めると5時間以上炎天下にさらされて自分も熱中症寸前、この状況で試合している選手のタフさをリアルに感じ取ることが出来たのでした。

ショットメイク能力の高さ

2014年全豪オープンを戦う錦織圭(Kei Nishikori)

コートで見た錦織選手のショットメイク能力の高さは本当に圧巻でした。

触れるだけでも凄いと思えるようなボールを、上手く回転をかけてウィナーにしてしまう。

フォアのスピンボールの威力、バックハンドのキレ、そしてタッチの良さ。

2014年シーズンの錦織圭選手の試合を生で見れたのは一生の思い出になりましたね。

日本のテニス観を変えた存在

圧倒的な戦績を残されたことはもちろんなんですが、僕が個人的に思うのは「日本のテニス観そのものを変えてしまった」というのが実はとても大きな功績だということです。

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エアKやジャックナイフ、フォアのドロップショット(フェイク)など、それまではあり得ないとされていた打ち方でポイントを取ってしまう。

ストロークはしっかり繋ぐ、1球でも多く返す、ドロップショットは逃げ、しっかり両足をつけて打つ、という「当たり前」とされていた考え方を、錦織選手は全部塗り替えてしまったように思います。

また、楽しそうにプレーするという姿勢も大きかったなと感じています。

真剣な表情でなければいけないという空気感が少し残っていた時代に、錦織選手は自由でクリエイティブなプレーを見せ続けてくれました。

テニスにおいて、自由であることの大切さを体現してくれた選手だったと思います。

使用ラケットの変遷

【歴代使用ラケット】
2001:HYPER HAMMER 6.3 95
2002:HYPER HAMMER5.2 95
2003:H TOUR 95
2005:N TOUR95
2006:N TOUR TWO 95
2008:K TOUR 95
2010:TOUR BLX 95
2011:TOUR BLX 95 (白・オレンジの限定色)
2011:STeam PRO ※ここでスペック変更
2013:STeam PRO(2nd)
2015:BURN 95
2017:BURN 95CV
2019:ULTRA TOUR95(v2)
2020:ULTRA TOUR95 v3
2023:ULTRA TOUR95CV v4
2023※:実質ULTRA TOUR98v5を使用

ラケットの話も避けて通れないですよね。

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今でこそウルトラツアー98ですが、キャリアのほとんどを面95のラケットでプレーしてましたね。

大きく分けると①初期の軽量ハンマー系、②全盛期のやや重くトップヘビーな設計のモデル、③最終版の98平方インチの3つのタイプを使ってきたと言えますね。
(※当然シーズンごとに細かいスペック調整やセッティング変更はしていたと思います)

特に道場さんが言っていた「錦織圭を育てたスペック」と「錦織圭が作ったスペック」という表現は非常に秀逸かつ魅力的なフレーズだったなと思います。

最終盤の98はパワーと許容性を求めての変更だったと思うんですが、トップレベルでの活躍をあまり見られなかったのはやっぱり残念。

引退記念で購入という方もいなくはないと思うんですが、フェデラーやナダルの時とはちょっと違うのかなと感じますね。

2010年代後半は覇権=ウイルソンだった

僕は2018年ぐらいからブロガーとして色んな記事を書いてきましたが、錦織選手とフェデラーに関連するラケットの記事は歴代でも断トツでアクセス数が多かったです。

発売前後の凄まじいアクセス数は今でも印象に残っていますし、ウイルソンが日本のラケット市場で覇権ブランドとしての力を持っていたことも錦織選手の影響なしには語れないと思っています。

まとめ

錦織選手の引退表明、心に来るものがありますね・・・

凄い実績を残されたこと、そして日本のテニス観を変えてくれたこと、そしてブログのアクセスも稼がせてもらったことなど、感謝したいことが山ほどあります。

寂しい気持ちはありますが、2026シーズンが終わるまではしっかり応援していこうじゃないですか。

『ってかまだグランドスラム初優勝見せてもらってない!』という気持ちで、これからも応援し続けたいなと思っています笑


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テニス系ブロガー
コトウダマサト (TRUEMAN)
・30代後半男性
・テニス歴23年

・オールラウンド器用貧乏
・累計購入ラケット約120本
詳しいプロフィール

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